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喫茶ま・ろんど

TSFというやや特殊なジャンルのお話を書くのを主目的としたブログです。18禁ですのでご注意を。物語は全てフィクションですが、ノンフィクションだったら良いなぁと常に考えております。転載その他の二次利用を希望する方は、メールにてご相談ください。

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雨恋い

 晴れてばかりも辛かろう
 一雨おいで
 一雨おいで
 思う存分晴らしにおいで



 四方を山に囲まれたその村は決して住むに適しているとはとは言えない土地であった。ほんの少し雨が降らないだけでも土地は干上がり作物は枯れ、食う物に困り果てる、およそ人が生活するには向いていない、実に貧しいところであった。
 無論村人たちも愚かでは無い。育てる作物は、芋や豆のような、年をまたいで保存の効く持ちの良いものを選び、不作の年には蓄えを使って飢えをしのいでいた。
 とはいえ、そんな事ができるのはせいぜいが二年程度だ。どれだけ蓄えを大事に使っても、三年四年と折りの悪い天気が続けばあっというまに底をつく。
 そして、まさにそのような不作が続いた五年目の出来事であった。
 その年は例年にも増して雨が降らず、このままの天気が続くようであれば豆の一粒も取れないだろうと言われていた。
「六本杉前の婆さんも亡くなったらしいぞ」
「年寄りは仕方ないわ。爺様婆様にやる豆があるなら若い者に回さんと、村が死んでしまう」
「それは分かるんだがなあ。自分の親を飢え死にさせるのは悲しくて仕方ない。平蔵も、婆さんの前でわあわあ泣いておったと言うし」
「気持ちは分かるがのう。もうどうしようもない。年寄りに食わせられるだけの蓄えなんぞもう一欠けらもありはせんのだから」
 村の会合となると、決まってその話題になるのだった。誰が死んだ。次は誰だろう。どうすれば良いのだ。どうしようもない。今年はちゃんと育つんだろうか。こう照り続きじゃあどうしようもない。どうしたもんか。どうしたもんだ。
「やはり、水神様に請うしか無いかのう」
 誰が言ったのか、その言葉に場が一斉に静まり返った。しんと静まり返った空気は、先よりも一層重くなっているようだった。
「わしは反対じゃ。今は一人でも働きぶちが必要なんじゃ。若い者を水神様に嫁がせたら、雨を恵んでもらっても村に先は無いわ」
 力強い声が、場の空気を変えようと響く。
「そんなことを言っている場合でも無かろう。若くても、子供や身体の細い者は既に何人も倒れておる。これからもそういう者は間違いなく続く。それこそ村に先はない。たった一人に嫁いでもらうだけで村が助かると思えば安いものじゃろう」
 再び静寂が広がった。今度は、反対する声は挙がらなかった。
「しかし、問題は誰を嫁がせるかだが」
「それなら一人良いのがおる。村はずれの曲がり道に住んでおるあの娘じゃ。名前はちよと言ったか」
「ああ、あの娘か。確かに丁度良い」
 千代の両親は身体が弱く、去年のうちに二人とも亡くなっていた。どこぞに嫁がせやや子でも産めれば良いのだが、若すぎるちよにはそれも叶わない。それに、両親の身体が弱かったためか、ちよ自身も決して健康とは言えず、最近は飢えも相まって伏せることが多く、今年は越せないだろうとまで言われていた。
「そうと決まれば若い者を集めるんじゃ。一日でも早く嫁がせ、水神様に雨を降らせて貰おうぞ」
 その日一番の力強い声が響き、会合は解散となった。



「ちよ、おるか、ちよ」
 会合が終わってから一刻程過ぎた頃、曲がり道のぼろ屋にひそひそとした声が広がった。その声はか細いものであったが、聞く者が聞けば、先の会合でただ一人、ちよを嫁がせることに反対した男の声であることが分かっただろう。
「あにさん、どうしたん。今日はご飯の日じゃなかろ」
 薄闇の中でも笑顔だと分かるぐらいに顔をほころばせながら、ちよは床から起き上がった。
「ああ、起きんでええ。今日は話があってきたんじゃ」
 ちよと違い、男の声は震えている。
「なんじゃ、あにさんまた泣いているんか。大人のくせによう泣くのう。そんな泣いてばかりじゃ辛かろうに。たまには笑ってみたら良い」
 本当は起き上がるのも辛かろうに、ちよは精いっぱい顔を崩してけらけらと笑った。その姿が愛おしくて痛ましくて、男――太助は一層悲しそうに顔を崩すのだった。
 ちよの両親が亡くなった後、太助は両親との縁からちよの身寄りを引き受けた。とはいえ貧しい生活の中で、太助の家に食いぶちを増やす余裕のある筈はなかった。太助は、親との思い出のある家に住みたいというちよの願いを聞き、何日かに一度、自分の少ない蓄えから少しばかりの豆粒をちよに届けているのだった。
 太助は豆を渡す度に、
「これしかやれんですまんなあ」
 と今にも涙をこぼしそうな悲しい表情を浮かべるのだった。
 そして、そんな太助をちよが気にするなと笑い飛ばすのがいつもの決まり切った風景であった。
 しかし、今日は違った。
「ご飯でないならなんじゃろう。教えてくれんか」
 笑顔を崩さないちよに、太助は胸を締め付けられる。
「あのなあ、ちよ。今、村に食い物がないのは知っとるじゃろう。今年も日照りが続いていてな。このままでは今年もろくに食い物が取れそうにないんじゃ。それでな」
 太助が言葉を詰まらせる。その表情はやはり悲しみに溢れていた。
「その、水神様にな。近々お前を嫁がせよう、と会合で決まったんじゃ」
「本当か。本当に嫁がせてもらえるのか」
 ちよの返事は、太助にとって全く予想外のものであった。いくらちよが若いと言っても、嫁ぐことの意味を知らない筈はない。自分の天命がもうすぐ尽きると言われ、何故嬉しそうにするのか、太助には全く理解ができなかった。
「ちよ、お前、意味が分かっとるんか」
 太助が聞いたのも当然だろう。
「分かってる。分かってる。てっきりもう飯はやれんとかそういう話かと思うたが。全く嬉しい話じゃった。こんな、寝て食ってばかりいる自分でも村の役に立てるということじゃろう。それはとても嬉しい話じゃ」
 そう言ってちよは、本当に、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いつ嫁げるんかのう。水神様のところに嫁いだらきっとたらふく飯が食えるんじゃろうのう。身体も元気になるかのう。お父やお母にも会えるんかのう。綺麗なべべも羽織れるかのう」
 身体を動かすことはままならないが、しかし表情だけはけらけらと実に楽しそうだ。生きたまま土に埋められる苦しみが分からないのか、それともそんな目に遭うなどと想像もしていないのか。呑気なちよの姿を見て、太助は一層悲しみに胸をおさえるのだった。
「七晩の間に準備をするから待ってくれ。それまでは今まで通りに生活をしていると良い。ああ、前の晩だけはいつもより立派な飯を食わせてやろう。水神様の前に立つのに腹が鳴っては格好がつくまいに」
 そう言うと太助は、ほれ、と水で戻しただけの豆を十粒ばかりちよに渡して、足早に帰路へと付いた。
 太助は帰りの道すがら、ちよの笑顔を思い出しながら誰にも見られないことを願いながら、自分でも情けないと思いながら涙を流した。



「水神様なんぞ居る筈がない。居るとしたらよっぽどの性悪に違いないわ。だって考えてもみろ。雨が自由に降らせられるなら何でこれまで降らせない。俺らがこうして苦しんでいる様を見ているだろうにそれを平然と眺めつづけているとしたらろくなものではない。そしてそれが、嫁がもらえたら雨を降らせてやるなどと、とんだ助平神ではないか」
 七晩の間に雨が降ってくれたらちよの嫁ぐ話も消えるだろうと願ったが、そんな太助の願いが都合よく叶う筈もなかった。どうか雨を降らせて欲しい。と毎晩天に祈ったが、それが裏切られる度に太助の苛立ちは募り、儀式を翌日に迎えたその日の会合で、ついにはそのような決して許されないだろう本音を吐露するまでになった。
「太助、今の話は聞かんかったことにする。お前の気持ちも分からんではないからな。しかし、間違ってもそんなことは二度と言うな。水神様を怒らせまいと、他の者に殺されるぞ」
「分かってる。けどこのままではあまりに不憫でならん。あの娘は両親に死なれ、殆ど床に伏せ、子供だというのに子供らしい楽しみを何も味わっとらん。その上天寿を待たずに生きたまま土に埋めるなど、わしには耐えられん」
 太助の言葉に反論する者は誰もいなかった。確かにちよを嫁がせようと決めたのは自分たちだが、それを悔やまない者など居ないのだ。しかし、だからと言って嫁がせるのをやめようと言う者もやはり一人も居なかった。もうそれしか選択肢がないということも、またその場に居る皆の共通の考えだったのだ。
「すまんなあ、太助。お前はちよを可愛がっておったからここに居る誰よりも悲しかろうに。本当に申し訳ないと思っておる。すまんなあ。本当にすまん」
 本来であれば翌日の段取りを話し合う筈であったが、その日はそれ以上なにが話されるでもなく、解散となった。



「ほれ、ちよ、今日は御馳走じゃぞ」
 そう言って太助は、ちよの前にふかした芋を三個差し出した。
「わあ、こんなにいっぱいの芋を見たのは初めてじゃ。本当に全部食って良いのか」
「構わん構わん。水神様の前で腹をすかす訳にはいかんからな。たんと食え」
 それを聞くと、ちよは口一杯に芋を頬張った。あまりに一杯頬張りすぎて、息が出来ない程であった。
「慌てるな、ゆっくり食え。芋は逃げんぞ」
 そんな太助の言葉が聞こえないのか、ちよは芋を食うことに夢中になっていた。
「……なあ、ちよ」
「なんじゃ、あにさん」
 神妙な太助の雰囲気を察したのか、ちよがピタリと食うのをやめて太助に目を向けた。
「お前は、何でそんなに楽しそうにしておるんじゃ。明日、どうなるのか、分かっておるのか」
「分かっておるよ。水神様のお嫁さんになるんじゃ」
 そう言ってちよはいつもと変わらぬ笑顔を見せる。
「それじゃ。その、嫁になるというのがどういうことか分かっておるのか」
「分かっておるよ。土の中に埋められるんじゃろ」
「分かってるなら、なんでそんな笑っていられる。死んでしまうんだぞ。村のためにお前一人が厄を被って死んでしまうんだぞ」
「死ぬんでない。お嫁さんになるんじゃ。お嫁になって、村の皆の役に立てるんじゃ」
 同じことを口にしているのに、太助はこの世の終わりかと思う程に顔を歪ませ、ちよは無邪気にけらけらと笑う。
「怖くないんか。悲しくないんか。何でそんな元気に笑ってられる。泣いて喚いて逃げたいとは思わんのか」
「そりゃあ、泣きたいよ。喚きたいよ。でもね、そうしたらいかんのじゃ」
 ふ、とちよの口調が沈んだものになる。それまでに聞いたことのない重々しい口調に太助は、は、と目を剥いた。
「ちよが泣いたら嫁がせたくなくなるじゃろ。皆、ゴメンゴメン言いながら嫁がせるじゃろう。それはあんまり申し訳ない。だからこうして笑うんじゃ。嬉しい嬉しい言って笑うんじゃ。そうしたら、村のみんなも喜んでくれるじゃろ。ちよも嬉しい。村も助かる。笑っていれば皆幸せになれるんじゃ」
 そうして悲しそうな表情を、ほんの一瞬だけ見せたかと思うと、ちよはすぐに普段と同じ笑顔を作った。
「だから、ちよは嬉しいんじゃ。水神様のところに行って、旨いものを食って、元気になれるんじゃ」
 その時太助は初めて気が付いた。いつもちよが笑っていた理由を。自分がいつも申し訳なさそうな顔をしているから、そんな自分を元気づけるために笑ってくれていたのだと。ちよのような子供にそんな気を使わせていたことに今頃気が付き、太助は悲しくて悲しくて仕方がなくなった。
「ちよ。そんな気を使わんで良い。悲しい時はちゃんと泣くんじゃ。笑うてばかりじゃ辛かろう。ワアワア泣いて、ワアワア泣いて、思う存分晴らすんじゃ」
 そんな太助の言葉を聞いて、また、少しだけちよは悲しそうな表情を見せた。しかし、それも一瞬のことだった。
「うん、分かった」
 とひと際力強いその言葉を放つちよの表情は、やはりいつもと同じ笑顔であった。



 翌日、儀式の場に太助は行かなかった。本来であれば他の村人に責め立てられる所であったろうが、ちよと太助のことを知っている村人たちは誰も責めることはなかった。
 全てが終わったあと、太助は、
「なあ、ちよはどんな顔をしてた」
 と、男衆の一人に聞いた。
「ああ、いつもと同じに、嬉しそうに笑っておったわ」
 それを聞いて、太助は人目を厭わず大粒の涙を流した。



 結局その年、作物が育つ程の雨が降ることはなかった。そのため、村人の多くが飢えて倒れることとなったが、なんとか三割程の者は生きながらえた。
 翌年には充分すぎるほどの雨に恵まれ豊作となったが、もう、ちよに感謝する者は居なかった。
 ただ、太助だけはちよの埋められた石碑の前で、不格好な、しかし精いっぱいの笑顔を作り、ありがとう、と小さな感謝の言葉を述べたのだった。


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