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喫茶ま・ろんど

TSFというやや特殊なジャンルのお話を書くのを主目的としたブログです。18禁ですのでご注意を。物語は全てフィクションですが、ノンフィクションだったら良いなぁと常に考えております。転載その他の二次利用を希望する方は、メールにてご相談ください。

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明日は更新お休み&ノットエロノットTS更新

明日は諸都合により更新お休みでございます。
更新が無くともどうかご心配なさらぬよう。
そういえば、来週里帰りをするかもしれません。
そのタイミングでも2~3日更新をお休みすると思います。
まあ、その辺りは直前にまたお知らせしますね。

という訳で今日は、続きから、エロでもTSでもない作品更新でございます。
気の向いた方だけどうぞでございますよ。


「取罪旅行」






 このような状況に至っても一切の抵抗を示さなかったことから察するに、香は、性質の悪い冗談か悪ふざけの類いだと思っていたのかもしれない。
 一分も経った頃になってようやく本気であることを悟ったのか、林檎よりも赤くなった顔を醜く歪めながら、断末の力で首元に伸びた手にあらん限りの力で爪を立てたが、掻き傷を付ける以上の意味は果たさなかった。その抵抗は、普段の彼女からは想像もできないすさまじい力であったが、それでも、殺意の込められた男の腕力には敵う筈もなかった。
 その時香は何を考えていたのだろう。まばたきも呼吸もしなくなった瞬間、それを知る術は永遠に閉ざされた。



「いやあ、相変わらず面白いですね。最高ですよ先生。本当に素晴らしい」
 編集者というのは作家を褒めるのも仕事のうちだ、と忠人はどこかで聞いた覚えがある。
「はは、ありがとう」
 忠人もそれを理解した上で、殆ど冷めてしまったコーヒーをすすりながら愛想良く言葉を返す。お世辞だと分かっていても褒められて悪い気のする人間はそうそういない。ましてや先生先生とあがめられていては尚更というものだ。
 会社や人によって程度の差はあるのだろうが、忠人が懇意にしている出版社はそういう、作家を持ち上げる傾向が強かった。
 傍から見ればどうかと思われる程に作家をおだてて気分を乗らせ、筆が走るよう努める。資料に何の本が欲しいと言えば、気持ちよく「分かりました」と返事をして本屋へと走る。終電過ぎに、原稿が上がったから直接取りに来いと言えば、元気一杯に「ありがとうございます」と言ってタクシーで乗り付ける。取材と称して飲みに行ったり旅行に行ったりしたのも一度や二度の話ではない。
 聞こえは悪いが編集者と言うのは、作家に気持ちよく作品を書かせるためであれば手段は選ばない存在なのだな、と忠人は心の隅で考えていた。
「特にこの……ええと、頭の方だったと思うんだけど……ああ、ここだここだ。十九枚目のこのシーン」
 しかし、新しく担当となった未だに名前も覚えていないこの編集者が、忠人はどうにも好きになれなかった。作家の財産とも言える原稿を無造作にいじりまわされ、皺をこさえられ、好きになれという方が難しいのかもしれない。
 しかしそれを表情に出すことは無い。今日は新作を書き上げ、忠人の気分は実に晴れ晴れとしているのだ。その心地よい時間を説教などで濁すのは全く勿体ない。
 こういうことは、何か無性にいらいらしている時に、発散のために怒鳴り散らす材料として、大切に取っておくのが賢い人間というものだ。
 決して性格が良いとは言えない考えであろう。忠人自身もそれをはっきりと自覚はしていた。
「最初の被害者が絞め殺されるこのシーン。ゾクッとしましたよ。目に浮かぶようです。いつもながら先生の書く殺害シーンは生々しいですよね」
 本当、一人か二人殺したことがあるんじゃないですか。というあまりに無礼な一言に忠人が表情を歪める。
 眉間に寄った皺を見て、自分が口を滑らせたことをようやく自覚したのだろう。男は不意に口ごもったかと思うと、
「あ、それじゃあ、原稿頂いていきます。ありがとうございました」
 と、唐突に話を締め、原稿を封筒に仕舞いながら慌てて立ち上がった。
「ああ、お疲れ様。またよろしく頼むよ、ええと……」
「三回目ですよ、先生。八重田です。八重田武一」
 清々しい笑顔で名前を告げると、小さくお辞儀をしながら男は書斎と廊下を遮る扉を開けた。
「そうそう、八重田君だ。お疲れ様」
 忠人は、ソファから立ち上がろうとすらせず、包帯の巻かれた痛々しい右手を振ることで別れの挨拶とした。
「一人か二人、か」
 玄関の扉が開き、閉まる音を聞いてから忠人は小さく呟いた。そして、一層小さな声で、
「四人、だよ」
 と呟いた。
「そう、四人だ。もう四人も殺している」
 唐突に語調を荒げ、勢いよく立ち上がる。その反動で僅かにソファが後ろへとずれる。
「鹿児島、京都、沖縄、そして今回の長野。取材旅行の先々で、四人もの人間を。そしてその全てをこれまでの作品に織り込んでいる。なのに誰も気付かない。こんな愉快な話があるか」
 誰もいないことは分かっている。分かっているのに、忠人は部屋の中をせわしなく歩き回りながら、まるで誰かに語り聞かせるように自分の罪を吐露しはじめた。
「最初は鹿児島だった。桜島が見える海辺の公園で知り合った名前も知らない旅行者だ」
 新たな告白が追加されること以外は、内容には違いがない。それは、作品を書き上げた直後に必ず行っている、いわば忠人にとっての決まりごとであった。
「たまたま同郷の人間であったことからつい話し込んでしまった。話の内容自体はもう覚えていない。どうでもいい世間話だったことだけは確かだ。唯一、私の本を読んだことが無い、と言ったことだけははっきりと覚えている。帰ったら必ず読みます、などと言っていたがお世辞であろう。言葉の端々からそんな雰囲気が漂っていた。ともかく、気付けばすっかり人の気配は消え、桜島が夕焼けに染まっていた。男はその美しさに興味を惹かれ、私との会話を止めてカメラを取り出したのだ」
 不意に、忠人はその足を止めた。そして、それまでの賑やかしい喋り方から数段声の調子を落とし、震えるような声で続きを語り始めた。
「その瞬間、私の中に恐ろしい考えが生まれた。今ここでこの男を殺しても誰も気付かないのではないか、と。辺りには人が居ない。男は桜島に心を奪われている。そして自分の足元には、人の頭ほどの実に手ごろな石が落ちている。何とも出来過ぎたシチュエーションではないか。数秒の葛藤の後、抑えきれない衝動に自分でも恐怖しながら私はその石を両手でそっと持ち上げた。綺麗ですね、という男の言葉に、自分でも驚くほど冷静に、全くです、と返事ができた。そうして、柵に寄りかかりながら桜島を写真に収めるあの男に向かって……振り下ろしたのだ」
 最後の一言だけを、力強く言い放つ。
 少々の沈黙の後、忠人は両の手を使って石を持つようなそぶりを見せた。そう、丁度これくらいの石であった、と確認するかのように。
「声も上げずに柵の向こう――海に向かって落ちた男を見て、私はようやく恐怖した。何ということをしてしまったのだ。本当に殺してしまった。まともな思考を取り戻した私は、手に持った石を男の傍へと落とし、足早にその場を去った。ホテルに戻ってからも気が気でなかった。本当に誰もいなかったのか。誰かに目撃されたのではないか。そもそも薄闇で分からなかったが、本当に男は死んでいたのか。辛うじてでも生きていて、今頃私のことを警察に話しに行っているのではないか。私の頭の中には、ただひたすらに後悔の念が渦巻いていた」
 忠人の手は震えている。その時の音と、感触と、恐怖とを思いだしているのだ。
「そして翌日の朝だ」
 ピタリ、と手の震えが止まる。
「事故。足を滑らせて頭から落ちたと思われる。事件性は無い。テレビを見ながら、あの時ほど警察を馬鹿だと思ったことは無い。そして私は改めて、骨を砕いた瞬間の素晴らしい感触を思い起こし打ち震えたのだ」
 一瞬、気持ちが悪いとしか言いようのない歪んだ笑みを浮かべると、ふう、とため息をついてソファに腰掛ける。一つ目の告白が終わったのだ。
 忠人は、喉を潤すため、テーブルの上に置いてあるすっかり冷めきったコーヒーを一息で飲みきった。
 そうして空のカップをテーブルに戻すと、再びため息をついて続きを語り始めた。
「二度目は京都の安旅館だった。仲居の案内で部屋へ行く途中。階段を登る途中で、やはり私は衝動に駆られて仲居の裾を引っ張った。二度目であったためだろうか。全く葛藤は無かった。そう。気が付いたら私は裾を引っ張っていたのだ。引っ張った瞬間、自分は何を馬鹿なことをしてるのだ、と我にかえり慌てて腕を伸ばした。しかし手遅れであった。仲居も腕を伸ばしてはいたが、掴むには遅すぎた。あ、という間抜けな声が未だに耳の奥に残っている。仲居は体勢を整える事もできずにそのまま階段を転がり落ちた。首の角度を見ただけで、手遅れである事が分かった。やりようによってはこれほど簡単に人というものは死ぬのか、と感心したものだ」
 石の時と同じように、今度は裾を引っ張るようなジェスチャーを見せる。その表情は、実に楽しそうだ。
「だが一番の傑作だったのはその後だ。騒動のお詫びに宿泊費を無料に致します、などと。ははは、騒ぎを起こした当人を目の前に何を詫びるというのか」
 肩を震わせてひとしきり笑うと、忠人は再びふう、とため息をついた。
「三度目は沖縄だ。あの日は私も随分飲んでいた。だからこそ、いつも以上に歯止めが効かなかったのかもしれない」
 ソファに深く座り直すと、宙を仰ぎながらゆっくりとその目を閉じた。
「夜中の十一時を過ぎた頃だったかな。時間は残念ながらはっきり覚えていない。覚えているのは、治安が悪いからよした方が良いとホテルマンに止められたことだけだ。しかし気分の浮ついていた私は、酔いを醒ますだけだから、と言ってホテルの外を歩きにいった。そして、人通りの無い路地に入りこんだ時、あの男を見付けたのだ」
 そこで忠人はまたも小さく、ふふ、と笑う。
「全く酷いセンスのアロハシャツに、ハーフパンツを組み合わせたいかにも観光客という風体の男だった。私と同じように考えていたのだろう。酔いを醒ますためにちょっと散歩を、と。しかし私と違ったのは、私以上に酔っていたということだ。レストランから持ってきてしまったのか、それぞれの手にナイフとフォークを構えて滑稽に振り回しながら、おぼつかない足取りで右に寄っては敷石につまづき、左に寄っては自分の足に絡まり転んでいた。そんな、ろくに意識も無さそうなその男を見た時、私はまたもあの衝動に駆られたのだ。私は、男が転んだ拍子に落としたステーキナイフを手に取り、衝動の赴くまま、男の肩口へ向かって突き刺した」
 そう言うと今度は、右の拳をそっと握りこみ腕を上げる。かと思うと、今度は勢いよく振り下ろした。
「食事用のナイフであったからだろうか。それとも私がそういうことに慣れていなかったためであろうか。とにかく刺さりにくかった。最初の一刺しに至っては何も考えずに刺したため、骨に当たって全く刺さらなかった。それでも随分と血が出たのは驚いたがね。いやいや、あのセンスの無いアロハシャツが見る間に染まる様子は本当に愉快だった。しかしそれ以上に愉快だったのはあの男自身だ。なにせ自分が刺されたことに全く気付いていないのだから。肩を叩かれた程度だと思っていたのだろうか。やあ、こんばんは、などと悠長に挨拶をして。ははは、酒に麻酔の効果があるというのは本当なのだな。しかし、それに対してこんばんはと律義に返事をした私も今になって思えば実に間抜けであった。今から殺そうという相手に何を呑気に挨拶をしているのか」
 少々気まずそうな笑みを浮かべながら頭をかきむしると、忠人は、見えないナイフを握ったその手を真正面に向かって勢いよく突いた。
「ここなら骨が無いだろう、と首を狙ったのは正解であった。あのザグリと肉を裂き押し込む感触。それまでの二度の行為に比べ、今まさに私が殺そうとしているのだというのが伝わる、実に素晴らしい感触であった。ナイフと肉の隙間からジワリと滲むあの赤い筋が。そして、そのナイフを抜いた瞬間、泡交じりに噴き出した赤溜りが。震えるほどに素晴らしかった。これはぜひ次回作の参考にせねばと、ヒューヒューボコボコと喉の隙間から息を漏らす男の息が絶えるのを、私は静かに観察し続けた。誰かに見られてしまうかも、という気持ちは全くどこかに消し飛んでいた。ただただ、あの姿を観察せずには居られなかった」
 それまで、楽しそうに笑みを浮かべながら軽妙に語っていた忠人の口調が、不意に重々しさを持った。
「男の身体が全く動かなくなってしばらくすると、私はようやく良識を取り戻した。そうして、唐突に恐ろしくてたまらなくなったのだ。死体をどうしようかとか、私の指紋が付いているであろうナイフをどうしようとかいうことが全く考えられず、あの男の酔い様を真似るように、右へ左へと足をもつれさせながらホテルへと戻っていった。余程青ざめていたのだろう。大丈夫ですか、何かあったのですか、とホテルマンに声を掛けられた。そして、あの一言に、私は一気に体温が下がるのを実感したのだ」
 忠人は、それまで以上に深いため息をついた。そうして、コーヒーを飲もうとカップを手に取り、それが空であることを確認すると、残念そうに元の場所へと置いた。
「血が付いていますが何かあったのですか、とあの一言。意識が遠くなるのを感じた。咄嗟に、足がもつれて藪に突っ込んでね。どこか切ってしまったかな、と言って慌てて部屋に戻ったが信じてもらえたかどうか。いや、こうして私が今も捕まっていないのが、信じてもらえた何よりの証拠なのだろう。そう、私はあの時も捕まらずに済んだのだ」
 ソファをきしませながらゆっくりと立ち上がると、忠人は、書き物机の脇にある本棚へとやはりゆっくりと歩み寄り、一冊のクリアファイルを取り出した。それは、新聞の切り抜きを集めたファイルであった。
 記事は確認せずに無造作にページを繰る。何度も見ているため、何ページめかを覚えているのだろう。目的の記事があるページで、忠人の手はピタリと動きを止めた。
 そこには、まさに今語っていた沖縄の事件に関する記事がファイリングされていた。
「強盗殺人事件、か」
 見出しをなぞりながらそう呟くと、忠人は苦々しい笑みを浮かべた。
「警察に聞く訳にはいかないから記事以上のことは分からないが、どうやらあの後物盗りが通りがかったらしい。私が殺し、物盗りが財布を抜いたということだ。そして、物盗りが私の罪も被ってくれた、と。全く、笑うしかない話ではないか」
 そうしてファイルを閉じながら肩を震わせると満足そうな表情で、元の場所へとしまった。
「そして、今回だ」
 その場で踵を返すと、忠人は先程と同じ足取りでソファへと戻り腰を下ろし、包帯越しに右手をさする。傷そのものは見えないが、厳重に巻かれた包帯が傷の深さを雄弁に語っていた。
「今回は同じペンションに宿泊していた女子大生だった。名前は何と言ったかな。一度は聞いたのだが忘れてしまった。まあ、今回の作品で同じ殺し方をした山城香ということにしておこう。見た瞬間、人間が足掻く姿が見たいと思った。殺されまいと必死に抵抗し、喚き暴れる姿を。手足も細いし、あの女ならば抵抗されても何とかなるのではないかと思ったのだ。そして、私の願いは叶ったわけだ。女が散歩に行くと言って一人でペンションを出た瞬間、これはチャンスだと思い私は後を――」
 それまで流暢に喋っていた忠人が急に口ごもる。
「何故だ」
 突然、頭を抱えて床に倒れ込む。その呟きはそれまでの告白と違い、そよ風が吹いただけで掻き消えそうな弱々しさであった
「何故誰も気付いてくれない。何故俺を止めてくれない。俺は人を殺したい衝動が止められない殺人鬼なのだぞ。毎回毎回衝動に駆られるままに殺人を犯し、それを隠蔽しようとすらせずにその場を立ち去っている。だのに何故俺は捕まらないのだ」
 忠人はぼろぼろと涙を流し、床に幾つもの染みを作り出した。その涙を拭おうともせずに、わあわあといつまでも泣き続けた。見れば付近の床には他にも染みの跡が小さく残っていた。こうして泣き喚くのも初めてでは無いということだ。
「何度も自殺を考えた。警察への自首も考えた。しかし、どうしても実行できない。人を殺すことは驚くほど容易に行えるというのに、いざ自分のこととなると何もできないのだ。情けない。本当に情けない。誰か早く私の愚行に気付いて止めてくれ」
 悲痛としか言いようのない叫びは長く止まらなかった。もはや得意げに自分の罪を語っていた面影はどこにもない。そこにあるのは、良心の呵責に耐えきれず苦しむ、小さく弱い人間の姿であった。何も語らず、忠人はひたすらにワアワアと泣き続けた。



 泣き声が段々と小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「だが、もう終わりだ」
 小さく呟いた。
 唐突に起き上がり、再びソファへと腰掛ける。そして気持ちを落ち着けるため、大きく一つ息を吸い、それ以上に大きく吐き出した。
「警察が私を疑うよう、現場に大きな証拠を残して来た。以前、映画化の記念にと関係者にだけ配った万年筆だ。合計二十本しかこの世に存在しない。そして、その万年筆を所持していてあの日あの場所に足を運んだのは私しかいない。警察が私に辿り着くのは時間の問題だろう。これでようやく私は人殺しを止められるのだ」
 そんな忠人の決意を待っていたかのように、チャイムの音が室内に響いた。
 ついに来たか。と、嬉しさと恐怖の入り混じった複雑な感情を沸かしながら、忠人ははやる鼓動を抑えつけながら玄関へと向かい、扉を開けた。
「あ……」
 そこに居たのは、意外な人物であった。
「編集長じゃないですか。こちらに来るなんて珍しい」
 つい先ほど原稿を渡した先の編集長であった。
 一瞬、期待の外れた落胆が表情に出ていなかったか。そしてそれに気付かれていないだろうか、と忠人は不安を膨らませた。
「いやあね、どうしても直接お伝えしたいことがあったもんですから」
 という言葉を聞きながら、忠人は、目の前の男の名前が何であったのか思い出そうと頭を巡らせた。しかし、いつも編集長編集長と呼んでいたものだからさっぱり思い出すことができず、早々に諦めた。
「実はね、今日も原稿を受け取りに伺ったうちの八重田の件なんですが、次回から担当を変えさせていただこうと思いまして」
「おや、それはまたどうして」
 内心、忠人は嬉しくてたまらなかった。どうにも気の合わないあの編集者が違う人物になるのであれば大歓迎であるからだ。もっとも、忠人の予定では、次回作など到底書ける筈は無いのだが。
 しかし、気になることが一つあった。その程度の報告で編集長が直接家まで赴く理由が、忠人にはさっぱり分からないのだ。
「彼、逮捕されましてね」
「――え」
 編集長は、胸の前で両こぶしを握り手首と手首をくっつける。そのままの流れで右の手を水平にし、自分の首元をそっとなぞった。手錠を掛けられて首を切られた。と、そういうことだ。
「殺人、だそうです。それもよりにもよって先生に罪を着せようとしたそうでして。あの、映画化記念で作った万年筆を先生の書斎から盗んで、取材先にこっそりと付いて行って、現場に落としていったそうですよ。良心の呵責に耐えきれなかったんでしょうなあ。私にそれを告白した後、自首しましたよ」
 それを聞いた瞬間忠人は、嘘だ、と叫びたくなった。殺したのは間違いなく自分であるし、証拠品を落としたのも間違いなく自分だ。それは、忠人自身が誰よりも知っている。ただ分からないのは、八重田某が嘘をついて代わりに罪を被るその理由だ。
 忠人は何が何だか分からず混乱した。状況を理解するために頭を回転させようとしても、天地がひっくり返ったような激しい眩暈を覚え、全く何も考えることができなかった。
「先生」
 ぞっとするような暗く重いその言葉に、忠人は混乱の只中から引きずり戻された。
「八重田は、先生に、罪を着せるため、先生の、万年筆を、現場に、落としていったのです」
 それは先程も聞いたことだ。何故それを繰り返すのか。やはり忠人は全く理解できない。
「先生はうちの看板ですからね。可能な限り手助けさせて頂きますよ。とはいえ、うちの編集部から二人も三人も犯罪者を出すと信用問題にも関わります。次からはもう少し上手に、よろしくお願いしますよ」
 喉が詰まるのを感じる。言葉の意味を噛みしめようと、今の言葉をゆっくりと思い出す。
 そして、理解するよりも早く、
「それでは、私はこれで失礼します」
 と言って、返事を待たずに扉を閉めて編集長は去っていった。
 後に取り残された忠人は、ようやく言葉の意味を理解し、その場に座り込んだ。
「は、はは。ははは。はははははは。ははははははははははははははは」
 忠人は幸運によって捕まらなかったわけではないのだ。捕まらないよう、助けられていたのだ。一人目は死んでいなかったのかもしれない。起き上がって警察に掛け込もうとしたのを、あいつらに改めて殺されたのかもしれない。二人目はどうだったのだろう。あれは細工のしようが無かったから本当に事故として処理されて済んだのだろうか。三人目はどうだろう。遺されたナイフの指紋をこっそりと拭き取ってでもくれたのだろうか。四人目に至っては代理人を立てるとは、全く思い切ったことをするものだ。
 まるでビデオテープを早送りするかのように、忠人の脳裏にこれまでの罪が次々と浮かんでは消えた。
「私なぞ余程まともではないか。こうして罪悪感に苛まれ、苦しんでいる良心を持った立派な人間ではないか。あいつらに比べれば、なんと人間らしいことか。私の危うさを知りながら野放しにする、書かせるためには手段を選ばない奴らに比べれば、全く真人間ではないか」
 殺人を許された安堵からか、決して裁いてもらえぬ絶望からか、忠人は、涙をこぼしながらいつまでも笑い続けた。



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