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喫茶ま・ろんど

TSFというやや特殊なジャンルのお話を書くのを主目的としたブログです。18禁ですのでご注意を。物語は全てフィクションですが、ノンフィクションだったら良いなぁと常に考えております。転載その他の二次利用を希望する方は、メールにてご相談ください。

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或るまろんどさんの三日間

 四月二十七日。仕事を受ける。
「A店とB店の顧客リストから、それぞれの利用率上位三割を抜きだしてダイレクトメール用のラベル用紙に印刷してほしい」
 いつも悪いね、と一言添える山田(仮)上司の表情は本当に申し訳なさそうだ。
「何か飲む?」
「あ、それじゃあ冷たいカフェオレを」
 急な仕事を振ったことへの配慮を快く受け取る。封を開けたばかりのペットボトルはまだずしりと重いが、せっかくの厚意を無下にするのも失礼と言うものだ。それに、こういう言い方をするのは少々浅ましく聞こえるかもしれないが、百円であっても、おごってもらえるものを断るのは損な気がしてならない。
「五月一日が期限なんだけど、できそう?」
 二十八日、二十九日と休みをもらっているから、実質は二日間しかない。が、別段焦ることもない。
 パソコンというものが全く苦手な山田(仮)上司は、利用率上位三割――すなわち五百人強分の氏名と住所を印刷する手間がどの程度のものか全くイメージできずにいる。だからこそ申し訳なさそうにしているのだろうが。
 しかし、実際のところは二時間もあれば完了する内容だ。だから、
「ええ、大丈夫ですよ」
 と即答したのは当然の話だ。
「ああ、良かった。社長も急に言ってくるからさ」
 安心したような声だが、それでも申し訳なさそうな表情は崩さない。
「いつも急で本当に悪いね。四月三十日に印刷用のラベル紙が届くから、それまでに印刷が始められるように準備だけ頼むよ」
 そして、思い出したように、
「Z店の印刷もあるかもしれないんだ。けど、どの顧客にダイレクトメールを送るか決まってないから、それは決まり次第連絡するよ」
 A店とB店は両方合わせても千五百件程度しかない。しかし、Z店はその一店だけで六千件を超える顧客を抱えている。不意に出たZ店の名前に少々の不安を覚えながら、それでも私は今出来ることだけをこなすことに専念した。

 四月三十日。大変なことになった。
「A店とB店は上位三割。C店とD店とE店とF店とG店は全顧客。Z店は町名によって送るダイレクトメールの種類が違うから、それぞれ『いろはにほへとちりぬるをわかよ』の十五種類に区分けして個別に印刷してほしい」
 言葉を失った。四月二十七日に受けた指示は一体何だったのか。五百件強程度の印刷で済む予定だったのに、今は、大雑把に計算するだけでも二万件を確実に超えている。
「ああ、それとY店もよろしくね」
 更に増えた。
 しかも、よりにもよってY店だ。Y店のデータは、店主と前顧客データ管理者がどちらも相当にいいかげんであったため、全く滅茶苦茶な状態になっている。であるから、出来ることなら触れずに済ませたいのだが。
 とにかく嘆いていても仕方がない。やるしかないのだ。今日と明日で。
 まずはZ店のデータから町名だけを抜粋し、それに応じていろはのしるしを付けていかなくてはならない。今日中に印刷が開始できるのか。それすら目星がつかない絶望的なスタートだった。
「昼、おごるよ」
 私の心中を察した山田(仮)上司の言葉に、
「あ、ありがとうございます」
 としか言えなかった。

 悪いことは重なるものだ。三十日のうちに印刷が開始できると思っていたのに、思わぬ障害が発生した。
 紙詰まりだ。しかも、詰まったラベル紙のシールが内部ではがれ、どうにもならないところに貼り付いてしまった。
 幸い、メンテナンスサービスが来てくれたため、一時間程度で修理が完了した。しかし、そこであまりにも絶望的な説明を受けることとなった。
「ラベル紙は紙詰まりを起こしやすいので、手差しトレイに一枚ずつ――多くても五枚程度ずつ差しこんで下さい。そうしないと非常に危険です」
 ……一枚ずつ? ラベル紙には十二件の顧客データが印刷できる。それが二万件以上だ。千六百枚以上の紙を、多くても五枚ずつ。
 今日はもう帰らなくてはならない。印刷件数は未だゼロ枚だ。明日一日の仕事量を思い、私はため息をつくことにすら頭が回らなかった。

 五月一日。予定より四時間早く出勤する。それでも今日中に終わるのか怪しい状況だ。
 プリンタとパソコンに交互に向かい、ひたすら印刷を進める。A店の印刷を実行。五枚差しこむ。B店の印刷準備をする。五枚差しこむ。B店の印刷準備をする。五枚差しこむ。B店の印刷準備をする。五枚――。
 就業予定の二十一時を目標にしたが、結局は三十分ほどオーバーしてしまった。しかし、それでも充分な結果と言える。私はすでに翌日からのゴールデンウイークに思いを馳せていた。
 しかし――。
「あれ、Y店のデータってこれだけ?」
 田中(仮)上司が不思議そうに尋ねてきた。
 Y店。非常に管理がいいかげんだったあれだ。
「顧客が少なすぎるよ。明らかに少ない」
 そう言われても困る。そんなことはY店か前任者に聞いてほしい。そして私はもう帰らせてもらえないだろうか。しかしそんな願いを見透かされたかのように追い打ちが入る。
「それと、H店、I店、J店、K店のデータはどこ?」
 初耳だ。
「山田(仮)上司からは聞いていませんが……」
 二十秒、嫌な沈黙が流れる。
「分かりました。今からやるので、田中(仮)上司はY店のデータに付いて確認をお願いします」
 時間は二十二時。今から五千件の印刷追加だ。しかも事前準備が何もされていないため、レイアウト作成から。絶望する余裕もない。ただただ無心でパソコンへと向かった。

 二十三時三十分。慣れによるところも大きかったが、それえでも、驚くほどの速度で仕事は終わった。
「焼き鳥、食べる?」
 田中(仮)上司が、二時間前に買ってきていたらしい焼き鳥を差し出してくれた。心にも腹にも味が染みいる
「で、Y店だけどね」
「……はい」
「千件弱だと思うけど、手書きのリストを用意するから、五月六日中にデータ化して印刷まで頼むよ」
 まだまだ仕事は終わらない。
 五月六日に出勤し、目標タイムは十時間。一件三十秒でも間に合わない。あまりに素敵な絶望感だ。
「何か飲む?」
 心中を察してくれた田中(仮)上司に返事をする元気はもはや一切残っていなかった。
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